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[即興小説]冷え切ったこの世界で

お題:苦し紛れの会話 制限時間:15分

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 間もなく私は呼吸を停止するのだろう。
  
 ふぅ、っと息を吐く。それは白いもやとなって、虚空に消える。石畳の冷たさが下半身に堪えるが、なにせ自力で移動ができないものだから、この冷たさより逃れる術はない。ただただ、肢体を重量のなすがままに脱力し、放り、それらに身を任せるより他はない。
 
 人々が賑わうこの大通り。誰も私を気にかけたりはしない。なにせそこから少し外れた、逆光になって見えにくい路地裏で、私はその身を横たえているのだから、気づけという方が無理だ。
 このまま誰にも気づかれずに死んでいくんだろうか。
 体から、腹部の痛みと伴って容赦なく滲み出て行く赤い暖かいものをそっと手で抑えてみるが、止まる兆候は一切見られなかった。麻で出来た手袋に、赤がにじむ。

 止血はできそうになかった。自力でもう指一本すら動かせやしないのだから、それも当然か。
 諦めて辞世の句でも詠もうか、と思うけれど、それを聞き届けてくれる人は誰もいやしなかった。
 ひとりぼっちで、死ぬんだ。そう、すとんと心に言葉が落ちてきた。
 
 
 私は暗殺家業をしていた。金銭を得るために、私は物心ついた頃から、盗み、強盗、死体を漁ってものはぎをするなど、手段を選ばずに生きていた。全ては、食べるため、生きていくために。
 いつだって一人だった。今のこの町のように、冷え切って、いつもピリピリとした空気をまとっていた。一人だから、弱音もワガママも、吐いたことなんてなかった。聞いてくれる人がいなければ、そんなもの、無意味だ。
 そして、人買いに拾われ、売られ、今の組織に所属して、殺しを教えられて、今に至る、のだが。

 私は、今日、失敗した。
 目標があんな腕のたつ、それも気配をたつことに優れた護衛を雇っていたなんて計算外だ。自分の力量では到底及ぶまい、と即座に理解できた、が、任務が達成できなければ、どのみち私は、飢えるか、殺されるか、どちらかで死ぬことになる。失敗はすなわち、任務での死か、組織から与えられる死、どちらか。成功だけを積み上げて、私は生きていた。失敗したものはそうして、みんな死んでいったのだから。
 どんな状態になろうと、目標は殺さなくてはいけなかった。が、もちろんそれは阻まれた。私はこうして咄嗟に逃げ延びたが、トドメこそ刺されなかったものの、もう時間の問題だろう。
 刀傷が、今、酷く痛む。

 段々、四肢の力が抜けてきた。
 ああ、これから死ぬのか、と思うと、諦念と同時に、何か開放感のようなものを味わう。もう、殺したくない人を殺さなくていい。そう、自分自身さえも。ずっとずっと、しなきゃいけないだけだっただけで、殺しも盗みも死体あさりも、全部全部、いやだった。ずっと、嫌だったの、と。

 腹部を抑えていた手を、床に置く。そして、最期に空を目に焼き付けようと視線を上にあげた、時だった。
「だいじょうぶか?」
 私を切った、目標の護衛だった。
 私は、息がうまくできず、何も話せやしなかった。敵とはいえ、最期なんだから、素直な自分の心境を話してみたかっただ、それは叶わないみたいだ。
「……手当をする。連れて行くぞ」
 彼は、私を背負った。彼はどうやら、私の本当の気持ちが分かったらしかった。
「お前は昔の俺とおんなじなんだよ」
 彼は、笑った。
 私はなんだか泣きたい気持ちで、彼の背中に、全てを預けた。

 
 それから数ヵ月後、私は、彼と同僚として背中を預け合う仲になる。

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