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[即興小説]あったかいスープ

お題:暑い汁 制限時間:15分

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 今日も今日とて、冷え切った空気だ。
 僕は、空を見上げながら深呼吸をした。こういう気温の日は、空気が澄んでいて、まるで何か清浄なものが空気を清めていったような、そんな気がして、すこしだけ気分が高揚するのだ。
「さっ、今日も頑張ろう」
 そうして背伸びをする。

 僕の仕事は、牛乳配り。さりとて、もう僕を育ててくれた祖父は腰がやられていて、この仕事はできそうにない。長年してきた牛の世話、牛の乳搾りや清掃など、力のいりそうな部分以外の仕事を祖父がこなし、僕は配達にいったあと、その祖父ができなかった箇所をして、その間祖父は家事にいそしむ、というのが、僕の家の役割分担だった。裁縫はもう針に糸が通せなくなったから、と限界を訴えているから、というふうに、それも徐々に僕に移行していっているけれど。
 いつも貧乏な生活をしていたし、暖かいまっとうな食事なんて、ほとんどなかった。僕が仕事帰りに買って帰る、冷えたスープと、硬いパン、それがいつもの食事だった。祖父も僕も、家庭の味、といったような料理なんてできなかった。

 本当にいつものことだったから、僕はその日も、いきつけの店で、当たり前のように、スープを缶いっぱいに頼んだ。買った直後は暖かいけれど、家にたどりつくまでに冷めてきてしまうのだ。スープと女は熱いうちに、なんてことわざがあるけど、確かにスープは暖かいうちがおいしいだろうというのはごもっともなご意見だ、女はどうかなんて知らないけれどと、脳内で反芻しながら、おばちゃんが差し出すスープを受け取った時だった。

 少女が、飛び出してきて、僕にぶつかったのは。
「あわわ……」
 慌てた僕は手をすべらせたが、この小さな女の子にこんな熱いモノを浴びせてしまうわけにはいかない、ヤケドをしてしまう、と必死に缶を咄嗟にもう片方の手で横殴りのような形でうちやり、そして缶を受け取るはずだったほうの手で少女を守るように肩を寄せる。
 はたして、缶は軽い音を立てて転がり、少女は何がおこったのかわからず、きょとんとしていた。
「大丈夫だった?」
 今日の晩御飯が……。そんな僕の哀愁に気づくこともなく、少女はにこやかに答えた。
「うん!」
 その手に持っている飴玉で、僕らの夕飯代くらいにはなるんだな、ということが分かるくらい、綿密で華奢な細工のされたそれを、少女は持っていた。服も、少しばかり、いやかなり上等なそれだ。
「す、すいません、うちの子ったら……」
 慌てて、綺麗な女性が駆け寄ってくる。
「あ、いいえ、ご無事で何よりです」
 少女をかばうときに咄嗟に膝をついてしまったので、軽くホコリを叩く仕草をする。
「弁償はさせていただきますので……」
「ああ、ありがたいです……、うちも裕福なほうじゃないので」
 ははは、と力なく笑う。相手の華奢な女性も、また、少しばかり苦い笑いで答えるのだった。

「お気に召しましたでしょうか」
「うまい、こんな上手いスープは、ばあさんが死んで以来じゃわい」
 祖父が、上機嫌で、エプロンをした、先ほどの女性に笑いかける。
 あのあと少し話をして、お互いの境遇というか、私生活について少しばかり話をしたら、でしたら今日は私が作ります、と張り切って答えてくれ、材料もあちらがご用意してくれるということだったので、御厚意に甘えたのだった。
「よかった」
「本当においしいです」
 かばった少女も、おいしそうにぱくついている。

 こんなに笑顔のともった美味しい、あったかい食事は、久々かもしれなかった。
「よろしかったら、度々作りに来てもよろしいかしら?」
 話をしていて教えられたのだが、彼女の死んだ弟に、僕は似ているらしかった。だから、彼女はこちらに親しみを感じてくれたのかもしれなかった。
「ええ、よろこんで。こんなおいしいスープが食べられるのなら、歓迎いたしますよ」
 おじいちゃんも僕も、そして少女も。暖かい笑顔で、食卓を囲むのだった。

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