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[即興小説]合わせ鏡のどっちつかず

お題:2つの情事 必須要素:大統領 制限時間:30分
即興小説ですが、設定が気に入ってしまったのでいつか続けるかもしれません。

拍手[1回]

 お金持ちのパパ。そう言えば、大体の意味は通じるかな。
 そういった相手がいる。私はいわゆる、そう、二号さんだとか、愛人さんだとか言われる、ソレなのよ。
 ただし……少し、特別な事情がある、ね。

「ねぇ、ダーリン。今月の予定のことなんだけど……」
 コトが済んだあとの香りが漂う寝台の上で、彼の腕に抱きついて、私は甘えたような声を出す。この先の用件が、言葉として出さずとも、通じるように。いつものように。そう、これはいつものこと。予定調和のはじめの一片だ。
「分かっている。いつもどおりに、口座にふりこんでおくさ」
「ありがとう、これで今月もやってけるわ、愛してる」
 そう言って、頬に軽く口づけを落とした。
「あんまり言うな。言葉が安くなるぞ」
 無口で渋い、そんな大人の魅力溢れるダーリンはそう言うと、上半身裸のまま、起き上がってタバコに火をつけた。
 

 パパは、大統領なんてやってるんだから、お金のほうは困らない。そして、妻とはセックスレス。
 私は、いい彼の欲望のはけ口なのだ。
 どこにも押し付けられない気持ちと、行き場のないストレスと、ただ持て余す肉欲の。だから、コレは正当な報酬。そう、これはそういうこと。ビジネスの一環なの。
 愛がなきゃだめ? 遠い昔にそんなこと、割り切っているのよ、こっちはね。ただ、ダーリンとはそれ以上の仲ではある。いなくてはダメになる、というほどのディープさはないけれど、私にとっても彼は大事な存在だ。
「じゃあ、私、帰るわ。ちゃんと時間、ずらすから。迎えも来ているし」
「ああ、気をつけてな」
 そういうと、ダーリンは私の後ろ姿に目もくれず、軽く手を振った。


「遅いよ、ケンちゃん」
 ぶうたれた頬をさらに膨らませる女性が、目の前に一人。
「悪かった悪かった。で、何だったっけ、今日の予定」
「酷い、忘れるなんて愛がないわよ!」
 このポニーテールのよく似合う、軽装ないでたちの似合う明るい彼女は、ジャスミンという。よく笑う、笑顔の似合う、ひまわりのような子だ。
 そして、今の自分は、男の姿。しっかりとスーツ姿を着込んでいた。
 これならまず、この子と一緒にホテルに出るなら、私とこの子がそういう関係だ、って思うでしょう?
「私たち、恋人同士なんだから」
 ジャスミンが、悲しそうに言葉を漏らす。

 私の体は、男として生を受けた。
 でも、成長するに従って、心は女の衣装を求めた。そういうこと。私の心の性別は女性。
 女性として生きていくには、高いお金が必要で、そんなときパパと出会ったの。悲しいかな、そういう女性的な欲望を全部満たそうとすると、自分の体は大きな壁だったの。女性の体になるには、高いお金がいる。おしゃれだってそう。全部そう。
 私は、生まれた性別をきっと間違えてしまった。その埋め合わせを、後の人生でずっとずっとしていかなきゃならないなんて、神様は残酷すぎる。これも全て試練だって言い張るのかしらね?

 だから、もう全部割り切っている。
 今、目の前のこの女の子は、ジャスミンは。
 私が、心が女だということを、知らない。ただの、煮え切らない草食系の男の子だと思っているの。
 ホント、かわいそうにね。

 彼女と私のなれそめは、大学生時代。彼女が私に一目惚れして、そこから押せ押せで、まあ、押し切られてしまったのよ。酷い話よね、しんどいわ。こっちとしてはオトモダチなのに、それ以上を強要されてしまうのよ、軽く気分は同性愛よ。
 そしていくら別れようとしたって、承諾はしてくれなかった。ほんと、まいっちゃうわ。

 ジャスミンの前で、女の格好をしたことは、流石に無い。恐らく、私が心身ともに「普通の男」だと、疑ってないんじゃない? まだ、手術もしてないしね。
 自分の気持ちに正直でいたいのが私のポリシー、とはいったって、親を泣かせるわけにもいかないし。それが、実はもう溜まった手術費に手をつけるかどうかの悩みどころになっていたりした。私は、簡単に自分の気持ちと周りの環境、全ての折り合いをつけることも、どれかを捨てることもできていない。
 だから、今の状況に落ち着いているの。

 男色家の男なんて物珍しいものではないわ。でもね、バーでダーリンが最初にわたしを見たときは、最初は女だと思って、強い酒を飲ませて、連れ込んだ。で、結果、ついちゃってました、ってね? でも彼はそこから何か目覚めてしまったようで、今ではすっかり、少し変わった愛人関係となっているわ。今のこの関係に、納得している。
 奥さんも「親しい友人」と男の姿で紹介されれば、怪しむことはなかったし。恋人のような空気って女ならなんとなく分かるでしょうけど、そこは「男の友情」と、考えることはやめたみたいだったわ。


「ねえ、手をつなご?」
 ジャスミンが笑いかけてきた。
 快活で明るいこの子に、私はもったいなさすぎる、普通の性癖の男と幸せになって欲しいと友人として願ってやまない、が、彼女がいてくれるおかげで、親は私の性癖などに関して疑いを持たずに済む、その点はとても助かっている。そして、ただの友人としてもなら、申し分ないのだけれど。
「仕方ないなあ。甘えん坊なんだから」
 すこし、男の自分を演じるのは、疲れてきていたの。

 私は、ジャスミンを公園に連れて行った。
「はい、イチゴ味が好きだったよね」
 覚えててくれたんだ、と、それだけで、ジャスミンは、何か魔法が目の前でおきたかのように顔をほころばせる。そして、ズキリ、と痛む胸。
 ごめんなさい。私はあなたを騙しているの。

 いっそ、失望されることを前提として、もう、私はすべてを彼女に打ち明けてしまいたかったの。
 これなら諦めてくれる。
 そう思うと、胸のつかえがとれると同時に、なんだかそのつかえがあった場所が妙にすうすうとして、寒くて、さみしい気がしたわ。
 嫌われたくない、けど、嘘もつきたくない。
 そんなふうに、チョコ味のクレープを持ったまま考え込む私の様子がおかしいと、彼女も気づいたようだった。
「どうしたの、ケンちゃん」
「ん、ちょっと、仕事のことでね」
 ふとした瞬間に出てしまいそうになる、女性としての自分。彼女が私に、無口、無愛想、といった印象を持っているのも、仕方がないことだった。
 だって、自制しないと、すぐに出てしまう。本当の私が。顔を出してしまう。
 それだけ、私は彼女に心を許せるようになってしまったの? 昔はそんなことなかったでしょう? ため息が出る。
「嘘、なんでしょう?」
 くすり、とジャスミンは笑って、自分のクレープにかじりつく。
「……なんで?」
「その割には、落ち込んでないし。どっちかというと、迷ってるってかんじだし」
 そうね、もう、そういう判別がついちゃうくらい、長いこと一緒にいたものね。今まで、私がこうだってことがバレてなかったことが奇跡よ。
「ジャスミン。大事な話がある」


 一世一代の勇気の勇気を振り絞ったわ。この秘密をもしかしたら、彼女が自分の友人や、両親に話してしまったらどうしようと。そうなれば、それこそ全部おしまい。私の日常は壊れて、堕ちていくしかなくなる。ここにはいられなくなって、別の場所に行くしかなくなってしまうの。
 彼女はそんなふうに、人の弱みを言いふらす子ではないことは、よく知っている。けど、そういうことが無意識に起こらないとも限らないの。だから、凄く勇気を振り絞って、告白したの。
 自分の心が女だということを。

「あははははははは!!」
 ジャスミンが笑い出したときは、気が触れてしまったのかと大層心配したのだけど、そうじゃなかった。
「やだなー、ケン、あたしそんなのとっくに気づいてたってば。必死に隠してたのも」
「じゃ、何故……!?」
「必死に隠してる手前、バレてます、なんて言えないじゃない? 他にも事情があるのかもしれないし」
 デリカシーがないじゃない? そう、笑ったまま、クレープの包み紙をゴミ箱に投げ捨てた。
「でも、性癖としてはゲイじゃなくてバイだよね、だって、」
「コホン! ……女性がそういうことを堂々と言うもんじゃないわ」
「あー、それが素なんだ、やっぱり」
 やっぱりってどういうことよ、と尋ねれば、時々地が出ていたのだという。顔から火が出そう。
「別にさ、あたしはケンがどっちでもいいよ。二つの性があるというのなら、どちらも愛せるし」
 あはは、と屈託なく笑う彼女は、本当に稀有な存在なんじゃないかしら。
「だって、あたしにはケンしかいないよ。最初は迷惑がられてたのだって知ってた。でも、ケンじゃないとダメなんだよ。今もひょっとしたら迷惑かも、これを打ち明けてそのあとはサヨナラをしよう、って思っているのかもしれないけどさ」
 ちゅ、と軽く、私はおでこにキスをされる。
「あたしが、ほっとけばすぐ一人になっちゃう……なろうとしちゃうケンが、ほっとけないの。そばに、いたいの。ケンの心はガラスよりも繊細じゃない。それをそのまま、包装もせずに置いておけない。私の大事な宝物なんだから。オトコとかオンナとかのブランドは、あたしには関係ない。ケンだから、だよ」
 本当に、この子は。
 ため息をついて、膝に腕を立てて、顔をうつぶせにしてしまう。ニヤける顔を、隠すために。
 ひょっとしたら、神様が性別を間違えて私という存在を生み出してしまったことに対して、謝罪と埋め合わせをするために準備してくれた天使なのではないかと、思ってしまって。

「ここまで、熱いトークぶちかましたんだからさ。今夜もさぞや、熱くしてくれるんでしょ?」
 期待を込めているように、ジャスミンが妖しげに笑う。
「ご期待に添えないかもしれないわよ? だいたい、私はホントはネコなんだし……」
「じゃあわたしがタチをやるまでじゃない?」
「あら、出来るの?」
「知識だけ! でもケンのイイ姿が拝めるなら、ガンガン覚えちゃうかもねー?」
 クスクス笑うジャスミンに、今までの自分の気持ちを思い出し、ひどく罪悪感を覚える。
 でも、それすら心地いい気がした。その重みが、自分を、この場所にとどめてくれる。風が吹いても飛ばないように。ジャスミンのそばから、どこかに行ってしまわぬように。それすら、計算のうちなのかもしれないけれど。
 ここまで理解のある恋人がいるのは、どれだけ幸運なことだろう。


 ダーリンと別れることになったのと、私とジャスミンが式を挙げたのは、それから間もない話である。

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