■はじめに。
今は、星空が綺麗な夜です。
野営の火にあたりながら、私はこれを書いています。
これを書き始めた動機としては……、少し、人恋しく、寂しくなったのかもしれません。
こんなことになるまでは、私はいつも誰かと一緒にいましたから。
今、私は、一人です。
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■私について。
ある所に、二人の姉妹がいました。
そこは、人間も獣人も踏み込むことのない、耳長人の秘境の一つ。
山奥の秘境に暮らす私たちは、こうして自然の中で……人知未踏の地でひっそりと暮らしていました。
山頂からのせせらぎに心洗われ、鳥のさえずりに耳を傾け、ひだまりの花に癒される、そんな暖かい日々を送っていました。
優しい同胞、何不自由ない環境。
それらに囲まれていても、悩みというものは出てくるものです。
その姉妹の妹は、とても重い病気でした。
この秘境に住む耳長人の一族は、知識を探求することを美徳としていました。
様々な知識を持つ彼らも、その妹の病気を治す術は、分からなかったのです……。
その姉妹の片割れ、姉の名前がサントリナ。そう、私のことです。
そして妹の名前はカラミンサと言いました。
カラミンサ……、ミーシャの容態は、芳しくありませんでした。
一族の英知をもってしても、対処療法が精々。
一族きっての癒し手にミーシャの余命を告げられた時、私は平静でいられなくなりました。
自らも癒し手となり、日々研鑽を重ねましたが、里の知識と技術では、どうしようもありませんでした。容態の悪化は、じわりじわりと……、地に滲む水のように進行していきます。
このままでは、生と死の天秤は危うい均衡を破り、一時に傾くでしょう。
私は、ひとつの決心をしました。
それは、自分の足を持ってして、里を出ること。
家族は止めました。それはミーシャも然りです。
「私のためにおねえちゃんが危険な目にあうなんて……」
そう言われても、私の決意はゆるぎませんでした。
私が里にいてもいなくても、彼女の容態は変わらないのです。
悔しいことに、私が癒し手となった後の日々で、それは痛感していました。
「本当に行くのかい」
母が、私の寝室の戸を叩き、そう語りかけてきました。
私は自分の机に向かったまま、笑顔で答えました。
「うん、明日、出るわ」
「外の世界になんてわざわざ……」
外の世界は、非常に危険な場所です。野犬など襲ってくる生命体もいるし、悪い人もたくさんいるのです。
「きっとミーシャは今に……」
よくなる、そう言いかけた母の言葉を私が遮ります。
「そう言い続けて、何年目?」
母は、ただ沈黙を続けました。
「だから、ね。大丈夫、外の世界のこともある程度調べたのよ?」
勇気のない私のホンの少しの強がりでした。
「……生きて帰ってくるんだよ」
そう言って、母は立ち去ったようでした。
次の日の朝、私はまとめた荷物を背負いました。
ちゃんと髪もまとめ、衣装も旅に向くものを選びます。保存食も抜かりなく。
一人で、誰にも知られぬうちに旅立つ、そのつもりでした。
村の出口に差し掛かった頃でした。
「おねえちゃん……?」
妹の、ミーシャの声が聞こえた気がして振り返ります、すると、そこには村の皆がいました。
ミーシャももちろん、そこに。
「バカッ、無理して外になんて……」
「……おねえちゃん、行っちゃうの?」
……家族にも、母にしか打ち明けていませんでした。今日、旅立つことは。
母は、してやったり、という顔でこちらを見ていました。その隣には、うろたえる父が。
私に叱られることが怖いのでしょう。
ミーシャは、私に乞うような瞳を向けました。
「うん……ごめんね。
でも大丈夫、きっとミーシャはよくなるから……、だからいい子で待ってるのよ」
長年言い続けてきた、使い古した言葉でした。
それでも、ミーシャは微笑んでくれるのです、私のために。
彼女にどう接したらいいのかわからなくなる家族のために、ミーシャは……いつも、笑うのです。
「うん……、待ってる」
ミーシャの身長は、私の肩に行かないほどです。
ゆっくりと頭を撫でました。
そのぬくもりと、存在の暖かさを、手に覚え込ませるように。
「じゃあ、行ってきます!」
村の皆に見送られて、私は旅立ちました。
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